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天才ギャグマンガ家・赤塚不二夫の代表作といえば「天才バカボン」!

天才バカボン ストーリーマンガを確立したのが手塚治虫なら、「ギャグマンガの手塚」と呼べるのが赤塚不二夫です。とにかくハチャメチャなキャラクターを量産し、数多くの作品をヒットさせました。また本人も破天荒なエピソードが多く、無名時代のタモリの才能にいち早く気づくと、出身地の福岡から連れ出して売れるまで養ったというエピソードは有名です。

代表的ギャグマンガ「天才バカボン」

赤塚不二夫のギャグマンガとしてもっとも有名なのは、「これでいいのだ!」の決め台詞でおなじみの「天才バカボン」でしょう。タイトルにもなっているのに、主人公はバカボンではなく、バカボンのパパ。このパパがいつも大暴れして、様々なトラブルを巻き起こす様子が大受けしました。 その一方で、バカボンのママとの間にバカボン、はじめちゃんの二人の子どもをもうけており、「意外と理想の家族なのでは?」といった見方もされているようです。

「天才バカボン」は、バカボンのパパを中心に多彩なキャラが登場する「普通のギャグマンガ」だった前半と、赤塚が誌面を使って様々な実験的マンガを発表していった後半に分けられます。伝説のギャグマンガ作品として知られるようになったのは、主に後半で描かれた様々な実験手法があったためです。

連載後半は実験ギャグマンガの連発に!

赤塚はどんな実験をしていたのでしょうか? 例えば、ある回では「等身大マンガ」と称してコマに超ドアップのキャラ(顔の一部のみしか見えない)ばかりが描かれましたし、ある回では突如キャラが少女マンガ風になり、キラキラした星やバラの花を背負ったバカボンのパパが描かれました。また、リアルタッチで描かれた「劇画バカボン」、「アシスタントがいなくなった」と称してわざと手抜きの絵を掲載、作者名が突然「山田一郎」になっている、左手で描く、掲載誌の別作品に乱入する、といったものまでありました。表現方法や内容だけではなく、マンガ雑誌や出版という形式すら実験のネタにしていたのです。

ただし、これらの実験的作品の連発は、当時の一般的読者にとっては「毎回わけがわからないマンガが載っている」と受け止められてもいたようです。ある程度マンガについて知っている高校生や大学生、大人の読者であれば笑えたのでしょうが、小学生、中学生の読者にとっては難解すぎて、あまり人気はでなかったそうです。

4度もアニメ化される大ヒット作に

アニメ化もされており、こちらも大人気となりました。アニメ版では後半のシュールな実験作品はスルーされ、ドタバタギャグコメディとして高い人気を得ることになります。

また、アニメ化は1度だけではなく、なんと4回(71年、75年、90年、99年)もリメイクされました。「柳の下に猫がいる」の主題歌が有名なのは、2度目のアニメ化となった75年の「元祖天才バカボン」です。最初のアニメ化に際して、原作であった過激な内容がマイルドに変更され、アニメオリジナルの設定が変えられたことに赤塚が失望したことを受け、2度目の今回こそが「本当のバカボンのアニメ化である」という意味で「元祖」と付けられたそうです。アニメ版「天才バカボン」と言えばこの「元祖天才バカボン」を思い浮かべる人が多いことからも、この試みは成功していたと言えるのではないでしょうか。