Category : 漫画で取り戻す情熱とパワー

漫画の神様が復活を遂げた「ブラック・ジャック」

「鉄腕アトム」「ジャングル大帝」「火の鳥」など、多くの名作を発表し続け「漫画の神様」と呼ばれたのが手塚治虫です。第二次世界大戦が終わり、敗戦に打ちひしがれていた時代から漫画家として活動を始め、子どもたちに向け夢のような物語を次々と発表。明るい未来志向の作品の数々は、日本の復活と重ねて語られ、多くの子どもたちは手塚漫画を読みながら育っていきました。

漫画の神様も人気の低迷に苦しむように

そんな漫画の神様も、1960年代に入ると低迷期に突入します。手塚の漫画は、あまりにも早く多くの人に読まれていたために、ついには飽きられるようになっていたのです。 50年代終盤には劇画ブームも起こり、子ども向けだった手塚の絵柄は「古いもの」と感じられるようになっていました。また、手塚自身も自分の絵柄にコンプレックスを持っていたといい、60年台に入ると「どろろ」「火の鳥」などの劇画調の作品を発表し始めましたが、小池一夫や梶原一騎が原作を担当する劇画の人気にはかないませんでした。

更には、アニメへの傾倒も60年代から始まります。自らアニメーション会社「虫プロダクション」を設立し、「鉄腕アトム」で国産初の本格的アニメーションを制作しますが、この時にテレビ局から格安で請け負ってしまったために、手塚は漫画を描いて稼いだお金をアニメにつぎ込むような状況となっていきます。また、現在のアニメ制作費が安いのは、手塚がアトムの制作を安く受けたせいだという批判も受けることになりました。

アトムや「ジャングル大帝」のヒットがあっても、手塚プロの赤字体質は改善せず、ついに虫プロは倒産してしまいます。虫プロの失敗に加えて漫画の人気も衰えていた手塚は、70年代に入ると「終わった作家」と見られるようになっていました。

「最後を看取る」はずが大ヒットに! 「ブラック・ジャック」で大復活

そんな手塚に声をかけたのが、「週刊少年チャンピオン」です。1973年、チャンピオンの編集長である壁村耐三は「手塚の最後を看取るつもり」で、短期連載を依頼します。そうして描かれたのが「ブラック・ジャック」で、5話ほどで終了する予定だったこの作品は、連載するやチャンピオンの部数を激増させるほどの看板作品となりました。そこから「三つ目がとおる」、「アドルフに告ぐ」、そして連載が中断していた「火の鳥」の再開など、神様は大復活を遂げるのです。

この手塚の復活劇を、当時の手塚の関係者に取材し描かれた漫画が「ブラック・ジャック創作秘話」(宮崎克、吉本浩二)です。手塚の漫画にかける情熱や異常とも思えるこだわり、低迷期の苦悩、そして復活のきっかけとなった壁村耐三にまつわる多数のエピソードが描かれています。 このドキュメント漫画により、手塚が「神様」と呼ばれる理由も再確認されるようになりました。

1989年に死去するまで、その生涯を漫画に捧げた人生に、手塚がいなければ、日本は今のような漫画大国、アニメ大国にはなっていなかったとも言われています。漫画ファンであっても、手塚の膨大な作品をすべて読み切るのは難しいはず。これを機会に、読み逃していた傑作,佳作に手を伸ばしてみませんか?

Recommend