TOP ▷▷ 70年代のニュータイプ ▷▷ マンガはいつから「子どものもの」ではなくなった?

マンガはいつから「子どものもの」ではなくなった?

子どものもの 1960年代中盤から、それまでのマンガの常識を覆すような大ブーム「劇画ブーム」が発生します。手塚治虫に代表される、子どもでも読みやすい絵柄とストーリー、というのがそれまでのマンガでした。劇画と呼ばれるリアルなタッチの作品も、古くから存在はしていましたが、あくまで一部のマンガファンが読むものという認識でしかなく、主流は「マンガは子どもが読むもの」でした。

「劇画ブーム」により大人もマンガを読むように

しかし1960年代に入るや、大人でも読むのに耐えうるハードな劇画をメインとした雑誌が次々と創刊されはじめます。「週刊漫画アクション」(双葉社)「ビッグコミック」(小学館)「ヤングコミック」(少年画報社)など、現在も続く漫画雑誌もこの頃に劇画誌として創刊されています。さいとう・たかを、白土三平、上村一夫、バロン吉元、影丸譲也などを代表に、大人のための、大人の読むマンガが大ブームとなったのです。

少年誌でも、このブームと歩調を合わせるように、劇画タッチの作品が人気を集めていきます。とくに梶原一騎原作による「あしたのジョー」「巨人の星」といった劇画スポ根マンガが大人気で、この2作品を筆頭とした劇画マンガの大ヒットにより、「少年マガジン」は漫画誌としては初めてとなる100万部突破を達成。手塚治虫を擁していた「少年サンデー」を一気に抜き去ってしまいます。

劇画ブーム自体は1970年代に入り一旦落ち着きますが、この頃からマンガは「子どもだけのもの」ではなくなり、「青年マンガ」というジャンルも誕生します。大学生が左翼運動をしつつマンガも読むことから「右手にジャーナル、左手にマガジン」などと言われて驚かれた60年代後半から、社会人が通勤中に「ヤングジャンプ」「ヤングマガジン」を読む時代に入っていきました。

読者とともに成長していったマンガ

マンガが「子どものもの」だった時代、子どもたちは成長するとマンガを読むのをやめていました。しかし劇画ブームをきっかけにマンガを読むようになった子どもたちは、大学生になっても社会人になっても、マンガを読み続けます。これは、読者の成長に合わせてマンガの内容も「大人が読めるもの」として一緒に成長してきたためでもあります。激しいアクションはもちろんのこと、愛や性などを描くのにも向いていた劇画が、「マンガの成長」に与えた影響は大きいでしょう。

多様化したマンガ表現を思いっきり楽しむために

「あしたのジョー」に熱中していた世代も、今やシニアと呼ばれる時期に差し掛かっています。大人向けマンガ誌である「ビッグコミック」や「週刊漫画ゴラク」に、ED治療の広告が載るような状況は、メインとなる読者層がEDに悩むような年齢層であることを示しています。それらの雑誌は大人向けの誌面構成なだけにセクシーな内容のマンガも掲載されていますが、読んでも今ひとつ昂らない……といった方も多いのではないでしょうか。今やEDは多くの方が抱える悩みとして認知されており、昔ほど恥ずかしがる必要もなくなってきています。専門クリニックで治療を受け、大人のために描かれた、エロもグロもナンセンスも含んだマンガを心ゆくまで楽しんでみてはどうでしょうか?